俳画とショートケーキ
『俳画教室』に通い始めた頃は、生徒さんが3人で私が4人目でした。
先生の家は、もともと誰かが『ほねつぎ院』か『針』なのかをしていた所だった様でした。
入り口のドアを開けると待合室の様になっていた気がします。
そのまま奥まで行くと、施術室と思われるその場所が教室でした。
床は畳だったか板張りだったか…
座布団を敷いて正座で絵を描くんです。絵を描く事よりも正座が辛くて辛くて、始めた頃は絵を描く事を楽しむ前に、2時間の正座との戦いでした。
今は正座でしている教室はあんまりない様です。
まず心を落ち着かせて、墨をすります。小学生の時に使っていた硯石を使いました。
静かな時間が流れます。しばらくすると墨の匂いが部屋に漂います。深呼吸して墨を感じます。
墨は習字の様に沢山いりません。
基本的に墨だけで描く水墨画、こちらと似ていますが、俳画は墨と顔彩と言う固形の絵の具を使って描きます。今は『墨彩画』と言う絵がありますが、昔はそう言う名前あったのかな…と。
簡単に言うと俳画はその墨彩画に俳句を添えたものと言う感じでしょうか。
その頃教えてもらった絵の手本には俳句がついていました。先生の師匠の俳句でした。人の俳句で書く時は必ず、その人の俳句であると言う文字『〇〇句』と書かなければならないんです。〇〇は俳句を詠んだ人の名前です。
字は達筆でなかなか難しかったです。
まずその俳句が何て書いているのかわからないんです。
手本を元に先生が一枚だけ描いてくれるんです。その時に俳句の内容も教えてくれたと思いますが、先生が一度だけ句を口にするんですが、覚える事ができませんでした。
私は俳句には興味がなかったので、それ以上、句の意味を考える事がなかったんだと思います。
当時は土曜日も午前中だけ学校がありました。俳画は土曜の午後に習っていました。
生徒が4人、学生は私だけだったので、他の生徒さんと一緒にならない事も多く、1人で習う事もありました。
教室に行くと先生は絵を描く前にオヤツを出してくれ、しばらく世間話をするんです。
白髪が綺麗で、全てが上品で、落ち着いた語り口でお話される先生でした。
ある日『今日は頂いたケーキがあるから、一緒に食べましょ』と…
可愛らしい、イチゴのショートケーキでした。
さぁ食べようとした時フォークか、スプーンがありません。どーやって食べるんだろう…と先生を見ていたら、何気に私につまようじを出してくれたんです。
『つまようじでケーキを食べるの…難しそうだな…できるかな…ぐちゃぐちゃにならないかな…』と。
とても困っていましたが、先生に気を使わせてはいけないと平気そうな顔をしていました。
たわいない話をしながら…先生が先に食べるのを待って、同じように食べようと思い見ていましたが、先生は孫の様な私に先に食べさせたかったのか、なかなか食べませんでした。
あまり食べないのも失礼なので、それじゃお先にと、ケーキを一口大にカットしようとつまようじをさしました。柔らかい…難しい…。生クリームが滑るのかスポンジに空気が入っているからなのか、突き刺したケーキが割れて、口に持って行く前に落ちてしまいます…
やっぱりぐちゃぐちゃになる…どうしよう。
ふと先生の方を見ました。
ありゃ…先生も同じ様にケーキがぐちゃぐちゃになりそうになっていました。
今でも、いちごのショートケーキを見ると思い出し、一人で『ぷぶっ』と笑っています。
その後最後まで、どうやって食べたのか覚えていません。